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【 1.5 Conflict 】



「琴乃さんよ」
「なぁに、まひとん」

 御前真人、御年四十三歳。
 女社長・苗田琴乃に頼まれたおつかいを忘れた挙句とんずら。
 自宅に潜り込んだところで、社長命令で職場へ呼び戻され折檻タイムへ。

「そろそろマジで鼻血出そうなんだわ、俺」

 オフィスに着くなり、度重なる残業によって目の下にどす黒いを作った同僚二人に抑え込まれ、胴周りを麻縄でぐるぐる巻きにされた後、懸垂棒から逆さ吊りの刑にされた。
 折檻なんて大層な言葉を用いつつも、なんてことない小学生の悪ふざけみたいな罰だ。
 だが、これが長時間続くと地味につらい。
 しかも脳天が床にゴリゴリ当たって首まで痛くなってきたことを考慮すると、前述の逆さ“吊り”という表記は少し間違っているかも知れない。
 しかし、その表現が云々と考えるための折檻タイムではないのは言わずともがな…である。

「下ろして欲しいなんて言っても、もうあと半日は聞いてくれそうにもねぇから敢えて話逸らすけどよ。
 ……社長、最近太った?」
「芳原君、まひとんの鼻に何か詰め込んじゃいなさい」
「ばっ…ジョークだよ、ジョーク! おい芳原、テメェその割り箸、割らずに箸立てに戻してこ――ア゙」

 やはり男子小学生みたいなテンションで、無言で不敵な笑みを浮かべる同僚@こと芳原が御前の鼻へと割り箸を突っ込む。
 危険な状態にならない程度に手加減したようだが、それでも抜群の破壊力を持っていたらしく、妙に高い声を発して静かになった。
 普段の行いが杜撰だったことが祟ったのだろう、容赦ない芳原の攻撃が御前への恨みを物語っている。

「人殺しが聞いて呆れるわね」

 やれやれ、とデスクに着いたまま社長が首を横に振る。

「私達はこれでも国家公務員の成れの果て。
 国を動かす重要な役割を担っていることだけは忘れないで行動してもらいたいの。
 これ以上適当なことを続けるなら解雇だって考慮するつもりよ」
「て、適当とはまたよく言ってくれたもんだな……」

 喋る度に、鼻の穴に刺さったままの割り箸がひくひく動く。

「あの姉ちゃんはヤバイ。関わらない方が身の為だ」
「何を根拠にそんなことを言っているのかしら。
 そもそもこれは仕事なのよ。独立法人とは言え、とした公務なの。
 私情を挟んで組織の質を落とされてはビジネスにならないことくらい分かるでしょう?
 守れないのなら、まひとんの借金返済も夢のまた夢。
 ようやくそれなりの額になった貯蓄も気休めにもならなくなるわよ」

 社長が雇用契約書を今にも破かん構えになる。
 落ち着きのない書体で書かれているのは“御前真人”の文字。
 もちろん、本人の筆跡である。

「社長、あんた鬼だよ」
「人殺しを総括してるんだもの。鬼にでも閻魔にでもならなきゃ、とっくに気が狂ってる頃よ。
 とにかく、彼女には働いてもらわなきゃ困るの。もちろん、彼女本人もそれを望んでいるのは明確だわ」
「殺しに快楽を見出してらっしゃったようだからな。そりゃいくらでも仕事は請け負うだろうさ」

 ――“好きなことしか続かない”。

 掃除屋に身を置くようになった理由がそれだと、ラスターはそう言った。
 もちろん自分のことをすんなり話すような人間とも思えないが、日頃の浮世離れな行動を見ていると、御前にはあの発言が全くの嘘であるとも思えないのだ。
 確信がなく本能や直感のそれと同じではあるが、そういう動物的感覚は大抵的を射ているものである。

 故に関係を持ちたくない。
 軟弱者だと罵られようと、嫌なものは嫌なのだ。

 また「これは仕事なのよ?」とでも言われるのかと思ってうんざりしていたが、社長の言葉はそれとは似つかぬものだった。

「彼女をそこらの殺人鬼と一緒にしないであげて欲しいわね」
「なんだ、もっとトチ狂ってるってか」
「いいえ。もっと人間らしいってこと」

 意味わかんねェ。
 鼻の穴を蹂躙されたことすら忘れて、天地逆転したまま御前は小声で呟く。

「ともかく、まひとんにはこれに懲りて仕事してくれることを願うまでね。
 そういうことで、今夜は由乃くんと一緒に仕事してきてちょうだい」
「俺これで五連勤なんだけど」

 あからさまに面倒臭そうな顔で言う。
 すると社長は近くのペン立てをごそごそ探りながら応酬。

「そのうち丸々二日間は由乃くんに押しつけてるようなもんでしょう? ほい、解放」
「うお――!?」

 ちょっきん、と漫画みたいな音が足元から聞こえたと思うと、御前が頭から床に崩れ落ちた。
 衝撃で彼の鼻に居座っていた割り箸も、からんと乾いた音を立てて吹っ飛ぶ。
 一般人よりも頑丈に鍛え上げられた筋肉質な体が逆にとなったようで、首に妙な痛みが残ったが、社長はそんなことはまるで気にしていない様子である。
 一秒とせず人を殺せるような武装をした男を相手に、全く大した度胸を見せるものだと感心させられると同時に、御前と懸垂棒を繋いでいたロープを切ったらしい、どこにでもあるようなハサミを眺めて情けなさを痛感させられたりもした。

「もしもし。ラスターちゃん見つかった? あ、そう、良かった……縄文土器?
 相変わらず意味の分からないこと言うのね、あの子」

 首の痛みに気が傾いていた御前の前、いつの間にか楽しげに携帯電話で会話を始めていた社長が、右往左往と部屋の中を往来する。
 電話相手は――恐らく由乃であろう。

「え、誤送メール? ……今チェックしてみる」

 いそいそとメーリング用サーバへと駆け寄る。
 内蔵されたタッチパネル式ディスプレイを手早く操作し、膨大な量の送受信ログを読み取り始める社長の隣へ、ベルトに下がった、今夜の依頼でも使用するであろう極細ワイヤーを手入れしつつ歩み寄る。
 ちなみに、御前もまた、由乃と同様機械には滅法弱い。
 支給されている携帯電話すら、メールと電話、簡単なインターネット程度しか活用できていないほどだ。

「不規則順列、英字アドレス、ドメインは警視庁……。
 ――あった、“u”から始まる、添付ファイルのないやつよね?」

 社長の言葉に合わせて、御前も覗き込むようにそのメールを探す。

「……確かに、ちょっと変ね」

 件名をタッチすると、たった一行だけ書かれた本文が展開される。
 よく見慣れた形式の殺風景な依頼メール。
 おかしいのはアドレスだけだろ、と御前は事も無さそうに視線を逸らしたが、社長はそうもいかなかったらしい。

「ハックね。これから警視庁に連絡してみるわ。
 今晩の依頼については後でまひとんに連絡させるから、由乃くんは取り敢えず一度家に帰ってもらっていいわよ。
 わざわざありがとう、電話切るわね」

 顔色を変えて電話を切ると、そのまま別の場所に電話を掛け始める。
 会話内容からすると警視庁で間違いないだろう。

「……電話回線、やっぱり混んでるみたい」
「おいおい、本元のサーバが落ちるようなサイバーテロって、映画の中の話じゃないのかよ」
「いつの時代もこんなの日常茶飯事。どちらかが発展すれば、それを崩すために片方も進展するものでしょ。
 そういうことだから、依頼メールが行ったら由乃くんに連絡してね。いい、必ずよ?」
「へいへい……」

 先程のお仕置きのこともあり、念には念を押される形で渋々返事をする。
 由乃に連絡を取れば、あちらからも何かしら文句をつけられそうでかったるいが……元凶が御前であることは本人が一番理解していた。
 今回ばかりは愚痴を言うのは止め、鬱憤を晴らして清々している様子の芳原に拳骨を見舞って一時帰宅することにした。





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