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【 2.3 お目覚め良好 】



『…――いじんは…により、――のひきあげを』

 電気信号が……恐らくテレビの音が、途切れ途切れに届いてくる。

『――の可決法案の施行時期については明らかにしなかったものの、主因は国債発行額のさらなる増加によるものとしており、今後ますます経済動向から目が離せそうにありません』

 徐々に声の羅列が言葉へと変わり、多少の遅れはあるものの、脳内でちゃんとした意味を成すまでになった。
 またその場凌ぎの立案か――朦朧とする意識の中、そんな思考だけは正常に働く。

「んだよ、そんな大事なこと俺らに言わずに決めやがったのか」

 次に、何やら滑舌悪く怒っているらしい声が聞こえた。
 テレビに話しかけているらしい。

 一体どこのどなたがそんな寂しいことしてるんですか。
 独り言は禿げますよ。
 それとあなた、何か食べたまま喋っているでしょう。
 喋るときは口の中のものをちゃんと飲み込みなさいと、両親や先生に教えてもらわなかったんですか。
 あなたのその行いが日本のモラル低下、治安悪化に繋がらないとも言い切れないんです。
 だから私達みたいな人間が街中に紛れることができてしまうんですよ?

 ……と、思うだけに留まる。
 別にこんなことを口にしたところで、そこにいる誰かがすぐに思い改めるわけでもない。
 だがまぁ、何も忠告しないよりはマシなのかも知れないが……。

 声が――上手いこと出せない。

 痛い。とにかく痛い。
 至る箇所が悲鳴を上げ、身を動かそうとすれば激痛が体内を浸食する。
 息も吸えない。だから声が出せない。
 でもどうにかしないと窒息死してしまいそうだ。
 どうすればいいのか分からない。
 痛い、暗い。暗くて痛くて、暗い。

 ……暗い?
 何故暗いのだろうか。
 夜? 停電?
 いや、でもよくよく見てみると、一面が真っ赤にも見えるような――。

「ラスター?」

 なんですかそれ、胃薬?
 あ、でもあれは“ラ”じゃなくて“ガ”でしたね。
 そもそもそれ、どこかで聞いたことがあるような。
 焼きそばとか作るのに使うソース?
 故・巨人軍終身名誉監督の愛称?
 はたまた修道女?
 うーん、どれもこれも違うような。

「なにが修道女だよ。寝起きで随分なボケのかまし様だな」

 あれ、声出てました?
 おかしいな、さっきまで出なかったのに。

「普通に出てるよ。まずはいいから、取り敢えず目開けろよ」

 というか、私ってば誰と会話してるんでしょう?

「おい、ラスター」
「――あ、それ私の名前でしたね」
「………」

 思い出した!
 無性に嬉しくなって声を上げた瞬間、「ぐりっ」という変な音と一緒に視界が明るくなった。
 全てがぼやけて見えるが、見覚えのある金髪の少年が覗き込んでいるのだけは分かった。

「おはよう」
「あ、おはようござ――痛ッ」

 面倒臭そうに挨拶をした少年に返事をしようとしたが、瞼が軽快な音を立てて目玉に当たった。
 この少年、瞼を引っ張っていたらしい。

「麻酔が切れたら起きるだろうとは言われたけど、ちょっと元気あり過ぎじゃないか?
 もしかしてお前、本当に怪物?」
「はて、麻酔とは…あいたたたッ」
「あぁ、さすがに痛みは引かないか」

 少年の意味不明な問い掛けに対して問い掛け、ナチュラルハイな女は、どうやら寝ていたらしい体を起こそうとし、しかし先程の激痛に再度見舞われて体勢を元に戻す。
 あまりに勢いが良かったため床に頭の当たる音がした。

「怪我したの覚えてないのか?」
「け、怪我……」

 どういうわけか忘れていた息のし辛さがぶり返してきた。
 ひぃひぃ言いながら少年の言う怪我について思い返してみる。
 すると案外あっさりと記憶が甦ったので、焦点の定まってきた視界に収まる少年の姿をきっちり捕らえ、何の気なしに答えた。

「そういえばユノくんと分かれてすぐにドンパチやらかしたら、ここぞとばかりに返り討ちに遭ったんでした。
 そうしたら昔のことが走馬灯のように流れ出して、『あぁ、これが死ぬということなのですね』とちょっと悟ったところから記憶がぷっつり」
「やけに簡単に言うな」

 やはり面倒臭そうにツッコミを相槌のように扱う少年。
 元からそういう気だるそうな顔をしているのだろうが、どうも馬鹿にされているような感覚に陥るのは気のせいだろうか。
 しかし女は、そういった類の視線に色々な意味で慣れていた。
 特に落ち込むこともしなければ、うんと頷いて言葉を続ける。

「簡単なことです。ヘマして大怪我したら死ぬのが当然のことですから。
 でも今回は助けて頂いたようで、すみませんね」
「いや、別に気にすんなよ。
 話しておきたいことも聞きたいことも腐るほどあんだけど、ひとまず腹ごしらえでもするか。
 洒落たもんはねぇけど、くらいならすぐに作れる」
「それ、口に運んでくれるんですか?」
「利き腕は怪我してないから、心配しないでも自分で食えるだろ」

 してやったり、と少年は笑む。
「おや…」と一本取られた女は呟き、一人残された十数分の時間で体を動かしては痛みに悶絶し、危ない趣味を持った人間に間違われそうな方法で負傷した箇所を確認することにした。





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