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【 3.5 NO NAME 】



 暗がりの路地裏、雨風に曝され劣化したコンクリートでできた階段に腰を掛けるのは、長い黒髪を全て後ろに流した、パーカー姿の青年。
 比較的長身である。
 多種のヘアピンを無造作に刺しまくったそれをぽりぽりと掻き、目の前に広がる大量の血痕を眺めつつ口を開く。

「なぁ。あんた、何年か前まで人妻だったんだろ?
 あんたみたいな気違いの抱いた恋愛感情ってのかな…そいつがどんなもんだったか教えてくれよ」

 青年の手に握られたジャックナイフが、一定のテンポを刻んで閉じたり開いたりを繰り返す。

「興味あんだよね、いろんな人の恋愛観に。
 特にあんたみたいな変な人の方が、理由が普通でも異常でも面白いと思うわけよ」

 誰に目を向けるわけでもなく、視線は常に真っ赤な地面に釘付けで、薄らと浮かぶ笑みはただ固い。

「っつーか、まずあんたみたいなのと結婚しようなんぞ考える輩が相手じゃ、その理由も恐らくまともじゃないだろうけどさ」
「だーッもう、うっさいなぁ。いま手入れしてんだから話し掛けんなっつの」
「あ、ごめん。そういやあんた、壮絶に不器用だったっけ」

 まるで独り言のように続いていた青年の問い掛けに、傍に座り込んでいた小柄な女がようやく反応した。
 中学生みたいな背丈のくせをして、髪を目に痛い紅色に染め、下唇には二つのピアスを光らせている。
 それらが相乗して、やたらと鋭い目つきをさらに際立たせている。
 今は胡座を掻き、自分の座高よりも長いであろうライフルの手入れに勤しんでいるようだ。
 しかし、それも青年の声に邪魔をされて集中が途切れたのか、最後に銃口を布できりきりと拭き、そっとケースへと戻す。

「もういいや、帰ってからやる。そんで、なに」
「――やっぱ忘れて。うん、忘れて」
「そうやってあたしの作業ジャマすんの、そんなに楽しいのかァ?」
「そういうつもりじゃないって。ただ――」

 立ち上がる。
 そして血濡れの地を蹴り、向かい側のビルに寄せられていた巨大な刃物に手を触れる。
 片手では持ち上げるのがやっと、といったところか。
 青年は振り返り、刀文の浮かばない奇妙なそれを、異色に染まった硬い土に力一杯突き刺した。

 ギィン、という金属音が耳に障る。

「確か俺、あいつのこと好きだったんだよな…ってさ」

 懐古と回顧、そのどちらも含んだ形で、青年は大刀に寄り添うよう身を預ける。
 奇抜な女は、それを横目にしながら携帯電話をカチカチと弄くり回し、楽しげに笑った。

「いいじゃん、それだって一つの愛の形じゃん。
 好きで好きで、でも憎くて仕方なくて、どうにもなんないから血塗れの追いかけっこしてみちゃったーなんて。
 こういう仕事でもしてない限り、んな貴重な体験できないっしょ。
 まぁ、檻ん中ブチ込まれてもいいってんなら話は別だけどね。
 もうここまできたら、普通の愛だの恋だの結婚だの、そんなちっせーこと気にしないで存分に楽しめばいいのさ」

 そして、煌々と光る画面をチラつかせる。
 そこに映るのは、昨日問題となった誤送メール。

「あたしは全力で応援するよー?“顔見知りを殺せて金まで入る”なんて、これほどおいしいこたぁないしね」
「……さすが。しっかし、あの深手で逃げられるとは思わなかったな。まさか片手でコレ振るなんて、もう女辞めたのか?」
「本当にぶん回しただけって感じだったけどね。先に利き腕潰しときゃ良かった。
 ま、これはこれでおもしろいからいいけど♪」
「あんた、ほんとに困った人だな。おかげで、俺の方も躊躇しようとさえ考えられない」

 大刀から体を退かし、手に握ったナイフを、それに向かって思い切り叩きつける。
 再び甲高い金属音が鳴ると同時に、真っ黒な大刀の刀身に、衝撃で先端の欠けたナイフの白銀が貼りついた。

「さ…今度こそ殺しちまうかもだ」

 今日も晴れ渡る晴天の下、青年は迷えず啼く

「迎えに行ってやるよ、もう迷わないように」

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「久しぶり。仕事はどう? うん、うん…おーそうなんだ。じゃ、私の思惑通りだ。
 いや、そんな露骨に嫌がらないでよ…」

 外出する前の金髪の少年から手渡された、血塗れの携帯電話。
 なんとか動くことを確認し、まず最初に発信したのは、中学の頃から仲良くしている唯一の友達だった。

「仕事で使う人脈を勝手に見込んでの頼みがあるんだ」



 ――今日も、うざったいくらい晴れてるなぁ。





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