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【 4.4 表裏一体 】



 暗がりな会議室。
 皺の増えてきた強面をさらに顰めながら、荒川警察署・刑事課課長である九重は、少し離れた場所にある椅子の上、胡坐で座る赤い髪の女に苦言を呈した。

「――私は未だ納得していないままだ。彼女は行き過ぎた行動に出たわけでもないだろう」

 九重の憤りに満ちた声色に対し、真っ赤な髪の女が無駄に陽気に答える。

「そんなこたぁ上の人間に直接言いなよ。あたしみたいな末端の掃除屋にまともな意見求めること自体どうかしとるわ。
 取り敢えず、こうでもしないと治安悪くなるからじゃねぇの?」
「殺せと煽って、目立てば潰すのか」
「だァから、あたしは知らないって。
 使い切りタイプの捨て駒ちゃんだろうがなんだろうが、あたしらコレで食ってんだからさ。
 そんな道徳的なこと考えたって仕方ないのは分かんべ?」

 九重の相手をするのが面倒なのか、きつい顔つきにミスマッチな膨れ顔を披露する……まるで子供のようだ。
 受け答えすら適当なこの女は、東京特別区外を管轄する掃除屋団体の、一丁前の掃除屋である。
 そんな人間がこの荒川警察署に招致されたのには重大な理由があった。

 昨日、警視庁のサーバから一斉送信された非公認の処理依頼メール。
 全国に散らばる掃除屋のうち、このメールを受け取ったのは東京、もしくはその近郊で活動する者のみ、およそ百十名。
 意味不明な文字列から成る送信元アドレスを不審に思った者が、皆揃って警視庁や最寄りの警察署に問い合わせた。
 ここで連絡を受けた警察の返答は「何者かによるサイバーテロ」という、おおよそ有り得るであろう“架空の事態”。

 その真意は、その中に存在する特定の掃除屋を炙り出すためであった。

「それにしたって、お偉いさんが“LASTER”の名前を使って連中を釣るとは思わなかったわ。
 あたしにゃ関係ないとしても、どうしてそこまでして処分するのか気にならないわけじゃないわな」
「……二世の掃除屋が出るとは思わなかったのかも知れない」
「あーまぁ変わった親子だったってことね。
 それよりも驚きなのは、その親子を処分させられることになった、あんた自身だけどねぇ」

 意地悪に、笑う。
 九重は沈黙を貫き、革張りの椅子に腰を下ろした。

「彼女――ラスターという名が独り歩きしてしまっている感が有り余る。
 もちろん彼女自身の仕事に対する誠実さも評価されているのだろうが、掃除屋として“親の跡を継いだ”という事実は予想している以上に大きな問題だ。
 それもその親が掃除屋の中で初めて処分されることになったと聞けば、その異様さも際立つ。
 私も私で、管理の甘さを突かれて再びこの役を買うことになったわけだが……」
「はーん…同情ってことか」

 楽しげな女は、思ったことを留めることを知らなかった。

「この世の中は狂ってる、狂ってるから世直ししてやる。
 そんな純心無垢な正義感を胸に抱いた青年は、時を経て理想論を捨てざるを得なくなって、人を守るために人を殺す人を殺すことになっちゃいました――今のあんたはそんなとこかいな。
 でもそりゃちょっとズルイなァ?
 所詮は上の言葉に逆らえないで、標的に対して私怨のある人間を捕まえて潰し合いさせるわけじゃねぇか。
 確かにラスターは親父さんほど落ちちゃいないだろうね。
 そんな黒い噂があったなら瞬く間に広がるのが人間の嫌なところだけど、一つたりとも耳にしたこたぁないし。
 でも上層はそれを『ヤバイ』と思ってるってことさ。
 ただでさえ目立つ人間が名を知らしめれば、いつ死人が口を開くか分からない。
 そんな臨界状態が続いてるからこその指令だってのに、いざ実行役として任命されれば、泥を被せられたと騒いで躍起になる。
 自分が過去にやってきたことが誤りだったと思うんなら、その時にラスターを認めてやらなければ良かった。
 それだけの話じゃねぇか。まぁ、最後のはあんただけが悪いわけじゃないけどねん」

 最悪の状況を考えようとする人間の本能。
 その能力の差に個人差はあるが、物事の大小に関わらず、どこでも必ず発生するものである。
 そして引き返せなくなる前に手を打とうとする。
 これも大小あっても必然的に現れるだろう。
“油の温度が高過ぎて、唐揚げの芯に火が通る前に周りが焦げてしまう”から“まずは火を止めよう”か“まずは油から肉を取り出そう”なんてことを考える。
 料理だろうがガーデニングだろうが、問題解消を考えるだけなら、政治も殺しもそれと似たようなもの。
 大きな問題にぶつかればぶつかるほど、後手に回る者も大きな行動力と大きなリスクを抱えなければならなくなるのだ。
 それを解消するのに必要になってくるのは、技量や才能よりも、相応の覚悟を身に背負える器量なのではないか。

「…っと。あたし、こういう話はあんま好きじゃないわけよ。
 警察に説教垂れるほど偉くもなければ、真っ当な生き方も思考回路もしてないからね。
 あーでも、あたしは今が楽しいっすよ?
 もしどっかの誰かが世直ししてくれちゃったんなら、またその中で楽しいこと探せばいいだけだし。
 そうやっていつまでもお堅いと、今以上に禿げるよ」

 ぱーん!
 見えないライフルで九重の左胸を撃ち抜き、女は椅子から飛び降りて、快活に笑って部屋を出た。
 九重はそのあとの沈黙の中、背もたれに体を預けて、終わることのない空論に思考を巡らせることにした。





 軽い電子音が、パーカーのポケットから聞こえた。
 知らない番号からの電話。
 孝馬はそれを不思議がることもなく、通話状態にして耳にあてる。

『今どこにいる?』

 感情に任せて何度も殺したって死んでくれない、死に損ないの声がする。

「なんで俺の番号知ってんの? ついに超能力まで身につけたとか?」
『ははっ、それもいいね。でもそんな便利なもん持ってたら、携帯電話なんて鬱陶しいもの、とっくに捨ててるかな』
「なるほど、同感」

 今度は実際に殺そうと思って、そいつの胸を目がけてナイフを突き立てた。
 骨すら力任せに断ち切って、目一杯刃を埋めてやったのに、それでも死んでくれなかった。

『ねぇ、どこで会う? 会うのが怖いとか、そんな男らしくない答えは待ってないよ』
「冗談言うなよ」
『どうだか。まぁでも、目的の狂った弔い合戦を終わらせるってことなら、ふさわしい場所くらい選んであるんでしょ?』

 弔う――そう、それだ。
 忘れていた感情を僅かばかりに思い出し、その曖昧な進路を確かめるように、そして後悔を終わらせるように放つ。

「そんな場所、もう美利には必要ないだろ」
『わぁ。そりゃひどい』

 刃先の欠けたナイフを手に、笑うように孝馬は虚空に叫ぶ。

「親父さんの墓前まで運んでやるよ」





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