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【 4.5 そして気付く、少しずつ 】



「……………おい」

 少年は、目の前で繰り広げられていた平和な光景に嫉妬を覚えた。

「お前ら、俺のいない間に随分と親しげになってんな……」

 鋼鉄の塊を引き摺り、真夏の炎天下を歩き続けること約三十分。
 ようやく見えた自宅に倒れ込もうと玄関ドアを開くと、そこには満足げに饅頭を頬張るラスターと、そんな彼女の怪我の具合を診る御前、そしてその様子を和やかに眺める由宇が、狭いリビングに犇めき合うよう居座っていた。
 おまけに由唯も車椅子のままラスターの傍に置かれ、何事もないかのように外の景色を網膜に焼きつけている。

「よう。お邪魔しちゃってますぜ」
「……二人とも図体でけぇんだから、そういう場所取ることするなら、せめて違う部屋いけよ」
「ふが。怪我しているレディーになんたる暴言れふか」
「そうだそうだ。まずよく考えてみろ。客人に向かってそれは失礼じゃないか?」

 よその人間だからこそ堂々と居座るのさ。
 そんな根拠のない確固たる自信を見せつけてくる二人を、何故か由宇も間を割ってフォローしてくる。

「由乃も疲れてるのは分かるけどさ、御前さんだって不眠不休でラスターさんの看病に走ってるわけだし。
 糖分足りなくてイライラしてるなら、一緒に土産の饅頭でも齧ってさ。ほら」
「そういうことじゃないだろ……」

 急激に騒がしくなった我が家で居場所を探し、背負っていた大刀を由宇のベッドの上に放り投げた。
 ようやく押し潰されそうな重さから解放されると、饅頭を手に取り、少し離れた場所に腰を下ろして甘味を摂取し始める。
 文句は言いつつ、甘いものが好きなことに変わりはないため欲求に逆らうことができない。

「ラスター、これ返しとく」

 所持を許可されている銃刀の規格から完璧に外れている彼女の得物を運ぶのに、昨晩も使用した携帯ステルス機器を借りていた。
 忘れないうちに返そうと指先に吊るすと、御前に左腕をゆっくり回され苦痛を浮かべる彼女は、ゆるゆると首を横に振る。

「い、いえ…私からのプレゼントです。
 売って換金するもよし、使って女湯を覗くもよ――あいてててッ!
 傷が、古傷が開くっ!」
「いや、こんな無意味に高ぇもんもらってもな…あと古傷じゃなくて生傷な」

 しかし、冗談抜きで痛がっている様子を見ると、さすがに一日や二日で塞がるような傷ではないらしいことを再確認する。
 本人があまりに元気なせいで、その傷の深さを忘れていた。

「ッつ――…どんな感じなんです?」
「痛いってことは、神経もうまいこと繋がったまま定着してるようだし、無茶さえしなけりゃ一ヶ月くらいで良くなんだろ。
 それまではなかなか力が入らなかったり、いろいろと不便だろうとは思うが、避けようがないな」
「そうですか。不便なのを便利だと思えれば鬼に金棒というわけですね」
「また面倒なこと言い出したな…包帯換えるから肩出せ」
「うぃー」

 無臭タバコを吹かしつつ、相変わらず適当に診断している。
 それでも知識は元医師ということで相応にあるようだし、ラスターの扱いにも慣れてきた様子を見、無知な自分が口を挟むこともないだろうと由乃は思う。
 タンスに背を預けて二人を眺めながら、ラスターの傷を見たり背いたりしていた由宇に声をかける。

「そんで、那夕さんは相変わらず?」
「うん。“何事もないよ〜”って、いつも通り元気だったよ」

 那夕というのは、由宇の彼女のことである。
 由唯の世話から離れて、たまには顔を合わせて来いと言ったのだが、デートという割に帰宅する時間が早過ぎる。
 どうせまた、近所で食事を嗜んで近況報告を終えて解散――なんて流れだろう。
 それなら夜通し遊んでくればいいものをとも思うが、由宇らしくないそんな姿は見たくない気がする。
 人付き合いの苦手な兄の心配をする由乃の気持ちを知ってか知らぬか、由宇は思い出したように那由の言葉を真似た。

「由乃に“わざわざ気を遣わせてごめんね”とも言ってたよ」
「あっそ――でもこれ、本来なら俺じゃなくお前が気を利かすべきことなんだけどな。
 由唯のこと理解してくれてるって言っても、あんまりに甘え過ぎだと思うぞ」
「それはそうだけどね…」

 もちろん由宇だって何も考えていないわけではないだろう。
 できることなら由唯の面倒だって見てやりたいし、那由との付き合いも、もう少し充実したものにしたいと思っているはず。
 それができないということに葛藤を感じているのも、なんとなくなら分かるのだが…そればかりはこの仕事をどうにかしない限りは難しい。
 しかし、金がなければ生活はできないのも分かりきっている。
 この堂々巡りを、もう何年も続けてきた。
 いい加減脱したいとは思うが、最善の方法が見つからないのだ。

「あ、そうだ」

 会話の途絶えた由乃と由宇を気遣ったのか、傷口を包帯で隠したラスターが声を上げる。
 それに微かに反応した由唯を横目で見た御前も、すぐに近江川兄弟と同じようにラスターへ視線を向ける。

「ユノくん、ちょっとお話があったんでした。外にでも出ましょう」
「は――? いや、まだ安静にしておいた方が…」
「いいからいいから。御前さん、お饅頭ひとつ残しておいてくださいよー」
「ああ…なんか、こう……がんばれよ」

 甚平姿のまま外へと出る裸足のラスターを追い掛けて、由乃もサンダルを履いて出ていく。
 俯いたまま考え事に耽っていた由宇が、残された妙な組み合わせを見て笑った。

「由乃のやつ、いつか気が狂って今の仕事を辞めてくれるもんだと思ってたけど、あの様子じゃまだしばらく続けそうだなぁ。
 由唯までラスターさんに懐いちゃったみたいだし」
「……俺も金は必要だが、あいつはそこまで短絡的な動機じゃなさそうだしな。
 辞めたくても辞められない状況になっちまったのは誰のせいでもねぇしな。足を洗う時期を決めんのは本人次第だろ。
 そもそも、見てくれに他人の言うことなんぞ聞く耳持たずって顔してやがる」
「――すごいなぁ。周りの方々が大人ばかりで助かってます。
 あとは支えてくれる彼女さんでも見つけてくれれば良いんだけど」

 御前の肩が、ぴくりと震える。

「あー…それよ、もしあの姉ちゃんを指してるんだとするなら…オススメはできないぞ」

 ポケットから取り出した携帯灰皿に擬似タバコを放り投げ、握り潰す。
 どうやら図星――しかもあながち冗談ではない――らしい由宇を見て息をつく。

(俺も由乃に話しておきたかったことがあるんだけどな…)

 せめて千代の存在くらいは知らせておきたい。
 ラスターが馬鹿やらかして、塞がりかけた傷口を振り出しに戻っていないかの確認のついでに伝えようと思っていた矢先にこれだ。
 あまりのタイミングに、ラスターに根回しでもされているような気にすらなる。

 さすがに考え過ぎかと思い、置きモノのように動かない由唯を今一度眺め――ふと思い出し、呟く。

「そういや姉ちゃん、俺の名前ふつーに呼んでたな」





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