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【 4.6 お願いごと 】



「いつも思うけど、何をするにもすげぇ突拍子もないよな、お前って」

 ラスターに促されて部屋を出たものの、話し込むには通路では邪魔になると思い、一階部分にある駐車場に降り、微妙な距離を置いて二人して座る。
 日陰であるとは言え、夏のギラギラした太陽に熱せられた地面は、近くに寄れば寄るほど異常に熱い。
 シャツの裾を手に持って、パタパタ扇ぎながら不満を露わに言うが、またあの不敵な笑みに圧されて頭を掻く。
 彼女の考えが分からないのはいつものこと。
 いちいちその笑顔の理由を聞くのも、今更お互いに面倒なだけである。

「で、話って何」

 とにかく会話をしよう。
 まずはそこから踏み出そうと問い掛けると、下弦を描く彼女の口がゆっくりと開く。

「巻き込んでしまって申し訳ないな、と。そう思っただけです」
「だから…それはもういいって。
 由唯が怯えないかだけ気がかりだったけど、それだって俺の知らないうちに懐いたみたいだし。
 由宇に至っては、そもそも他人といること自体が好きらしいから、全くもって関係ないな」

 由乃自身は、あまり大人数で騒ぐのは好きではないのだが…それも人助けと思えば我慢できる程度だ。
 少なくとも、人を殺めるより遥かに気分が良い。

 隣に座ってにやにやしているだけのラスターが、丈の短い男物の甚平の浅いポケットから、血塗れの携帯電話を徐に取り出した。
 それにべったりと付着した赤は拭き取ろうとした形跡がなく、防水機能のお陰で辛うじて稼働している様子が見てくれに分かる。

「そういえば、仏前の写真みました?」

 真っ赤な携帯電話を開けたり閉めたりして手の暇を潰していたラスターが、ふとなんともないように訊いてきた。

 一瞬、言葉に詰まる。
 そんな由乃の引き攣った顔を見ると、小馬鹿にするように明るく笑い飛ばした。

「おもしろい顔。予想していた通りのリアクションです」
「だって、お前…」
「仏壇に遺族の写真を置くなんてこと、どの家庭にも普通に有り得る話でしょう?
 まぁ、そうは言っても、あの写真を見たことあるの、ユノくん以外には一人だけなんですけどね」

 ぱちん。
 ラスターの右手の中で、二枚液晶が空気を弾いて重なり合い、甲高く鳴る。
 一瞬流れた静寂を破り、彼女の言葉に思い当たる節を見つけた由乃が口を開く。

「その一人って、渡會って女の人か」
「あれ…面識あったんですか」
「面識というかなんというか…まさにその写真を見てるときにドア殴り始めてさ。
 彼氏だなんだの誤解してたから、それを解いてちょっと話したくらいだな」

 なかなか騒がしい女だったが常識人ではあったと思う。
 そんなことをラスターに話すと、「それはそうでしょうね」と何気なく答えた。

「昔から癇癪持ちなんです。で、何か言ってました?」
「お前から頼まれ事があって、その詳しい話を聞きに来たとか言ってたような。
 電話入れてあるみたいし、ちゃんと連絡してやれよ」

 あの調子だと、着信履歴が鬼のような勢いで残されていそうだ。
 さすがのラスターも罰が悪いように携帯の画面を覗き込み、苦笑している。
 むしろ今まで開閉を続けていた癖をして、どうして気付かなかったのだろうか?
 どうせそんな疑問をぶつけたところで「見えなかったんです、単純に」とか返してきそうなので飲み込む。

「うぅん…電話だと長くなりそうだから、メールでも送っておきましょう」
「お前の罪悪感ってそんなもんなのな」
「そういうユノくんこそ、杏美と一度話しておいて、よくもそんな無責任なこと言えますね」
「――それもそうか」

 どことなく時代の波を無視しているイメージがあるせいか、ごく普通にメールを打つ彼女の姿が妙に新鮮である。
 この過度情報社会に生きる現代人である限り、向き不向きに関係なく、これくらいの作業が出来るのは当たり前なのだが…先入観というものは、そう簡単には拭えないらしい。

「ねぇ、ユノくん」

 一文だけ打って送信したらしく、すぐに手の中の携帯端末を閉じ、真っ直ぐを見たまま暑さに参る少年を呼ぶ。
 その顔は、相変わらず面みたいな笑みに埋もれている。

「一つだけ質問があるんです。あんまり考えないでいいので、気軽に答えて欲しいんですけど」

 そのいつもの歪んだ口元から発せられた声。
 それがどうも普段と違うような気がして、上の空だった意識がラスターに向く。
 由乃のそれを待っていたように投げ掛けてきた質問は、実に単純明快だった。

「もし今の仕事ができなくなったら、どうやって生活します?」
「……どうって?」
「ユイさんのことも、ユウさんから聞きました。
 それも踏まえて、もしも“掃除屋として”食べていけなくなったとするならば、ユノくんはどうするのかと思って。
 気分を害してしまったのなら先に謝りますが、どうしても気になったので」

 突然の流れではあった。
 しかしそういった状況になることを考えたことがなかったというわけではない。
 引き金を操るだけで命を奪うという、残忍卑怯なやり方に嫌気が差しているのも、もはや自分を騙していくには難しいほど自覚していた。
 こんなことが罷り通っていいはずがない。
 そう思う自分がいるのも確かで、足を洗って違う仕事に就こうと考え巡らせたことがあるのも、また事実である。

「まぁ…その状況に置かれないと分からないってのが正直なとこだな。取り敢えずは何かしらして働くんだろうけど」

 うーん、と背伸びして、頭の後ろで腕を組む。

「由唯のことだって同じさ。
 今の仕事ができなくなるんなら、稼ぎが少なくなろうがどうなろうが、まずは金が手元になけりゃ生活できないんだ。
 迷ってる暇なんて、多分ないんだろうな」
「うん、なるほど――」

 少し俯き、納得したような言葉を返すと――その場にすっくと立ち上がる。
 それから裸足でアルファルトの上を数歩だけ歩み、尻尾みたいな後ろ髪を靡かせて由乃を振り返る。

「それを聞いて、ちょびっとだけ安心しました。実のところ企んでいることがあって、急にこんなことを訊いたわけです」
「俺に話しちまったら、もう企んでるって言えなくないか?
 そもそも質問内容からして、どうせロクなことじゃないだろ。冗談抜きで」
「そりゃもちろん。でもこうなったら、貧乏くじを引いてしまったと諦めてくれればいいですね」

 無茶苦茶なことを言う。
 苦虫を噛み潰したような顔の由乃のことをちょっと笑って、最後に、さらに出鱈目なことを囁いた。

「率直にお願いします。掃除屋を潰すのを手伝ってください」





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