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【 4.7 融解 】



「私の父は元々自衛隊員だったんですけど、掃除屋の設立と同時に引き抜かれて転身したんです。
 その左遷先こそ、言うまでもなく“御の字”ですね。
 まぁ、それを知ったのも、父自身が巻き起こした不祥事の責を負って、警察に銃殺処分された後のことなんですけど」

 その時は途方に暮れたと、淡々と語る女。

「父親にべったりだったせいなのかどうかは思い出せませんが、苗田さんから掃除屋の仕組みやら何やらの説明をもらった頃には、原因が父である事実も忘却の彼方。
 ただ仇討ちのことしか考えてませんでした。
 でも、それも誰かに八つ当たりすることができなかったので、ただ漠然と掃除屋自体を恨んでいたんですけど、よくよく考えてみれば誰も悪くない気がしてきて。
 国の金がなくなれば、皺寄せは全部国民に来るわけでしょう?
 だから国を動かしているお偉いさん方は、そんなことにならないよう苦肉の策を選んだとすれば…全部が全部、筋が通ってるんです。
 もちろん、今となっては、無関係な人間まで殺してしまった父に責任があることくらい分かりますよ。
 当時は錯乱していたんですかね。それとも父を崇拝でもしていたんでしょうか」

 女は冷静だった。
 いつもと変わらず、誰の意思も受け付けないような頑なな態度を貫いている。

「小さいときに母を亡くして以来、ずっと信じていた肉親の不始末に気づいてからは、自分の中で決意したはずの当てなき仇討ちすら揺らいでしまって。
 毎日毎日、ただひたすら人を斬って斬って殺すだけの生活にのめり込んで。
 どうやってこの悪循環から抜け出そうかな、どうやって楽になろうかなって、することのない日はそればっかり考えて。
 最初こそ手っ取り早くマスコミに暴露して『ざまぁみろ!』ってやりたかったんですけど、時間が経つに連れて、罪悪感を頭から被って仕事する掃除屋の顔も見えてきてしまって、そんな人達を自分の勝手で巻き込んでしまうのが嫌になっちゃったり。
 そうだなぁ…“中途半端”という代名詞がよく似合う人間だとは自負してますね」

 女の話が一通り終わる。
 ひたすら聞くことに徹していた由乃は、その重たい内容を全部すっ飛ばして、一つだけ問いかけることにした。
 それこそ中途半端に締めくくった女を、真っ直ぐに向いて。

「――そこまで考えた結果、やっぱり身勝手なことして俺らを路頭に迷わすのか?」

 冷たいとか非人道的とか、由乃の言葉を聞いてそんなことを言って責めてくる者もいるかも知れない。
 しかしそれは、単なる同情でしかない。
 さすがに少し効いたのか、「うーん…」と項垂れてしまう彼女に、追い討ちをかけるように一言お見舞いする。

「そんなにこの仕事がつらいなら辞めればいいだけの話だろ。
 どうせここに居座り続けたって、どうにもできないで悩み込むんだ。
 余計なことに神経磨り減らすんなら、いっそ踏ん切りつけりゃいいんじゃないのか」
「…うん、正論。そりゃ正論ですよ、ユノくん。
 じゃあ、そうだなぁ。私にとって、さっきの話は相当なトラウマです。
 そうは見えなくとも、私の人生が狂った原点をつらつら話している時点で、今までのことを順を追って思い出さなきゃいけない。
 そこまでしてユノくんに喋ったという点を汲み取ってもらった上で、一つだけ付け加えさせてください」

 何を見透かそうとしているのか知れない、彼女のほんのりと赤い目。
 右側のそれを守る瞼に、微かに傷跡のようなものがあることに気づく。

「私はこの仕事が好きなんですよ。
 蓋を開ければ加害者になってしまっていた父だって、結局のところは日本のために身を削って人を殺し続けた善者だった。
 誰がなんと言おうとも、私はあの人の家族として、そのことだけは盲目的に狂信しています。
 それを心の底から誇りに思っているというのも大きな要因です。
 しかし何より、私はもう真っ当な人間じゃないと、この世界を抜けては生きていけないと分かってしまったから逃げられなかった」

 力の抜け切ったその左掌は、大刀のせいでできたらしい分厚い皮膚の塊に占領されている。

「包み隠さずに言えば、人を殺すという背徳的行為が快感というか、どこかで娯楽にしているところがあるんですよ、多分ね。
 でもこの感覚も感情も、あっちゃいけないものだと思ってます」
「とんでもない暴露に加えて、すげぇ矛盾だな」
「そう、矛盾だけがいっつも胸にあります。
 だからその矛盾をブチ壊そうと思っていた頃の感情を思い出したんです。
 ユノくんだって絶対にそういう考えを持っているはず。私なんかより心根が優しいでしょうしね」
「その善意を巻き込むつもりか?」
「だって御前さんに頼んだって断られちゃうでしょう? 苗田さんに至っては口酸っぱい説教タイム開始必至…」

 ものすごく足元を見られている。
 最後の同情を買うような言い回しは完璧におふざけだが、確かにラスターの言うことは十分に理解できる。
 できることなら、この不穏な動向に誰かが気づいて、掃除屋制度自体が自然消滅してくれれば――という他力本願に従事してきたのだが、これはこれでいい機会なのかも知れない。
 金が手元に入らないと生活ができないのは事実であるものの、割と慎重な由乃の思考回路が「なるようになるだろ」と安易な発想を生んでいた。
 ラスターの馬鹿さ加減に感化されたのは明らかである。

「ってことは、この感じだと渡會って人もその駒か」
「まぁ、聞こえが悪いですけど、間違ってはいないですかね…。
 華麗なる一般人なんですけど、人選ミス以前に友達少ないから相手を選べないっていう」
「ネタばらしのとき、向こうも同じことを思うんだろうな」

 厄介な友達を持った渡會に同情する。

「ちなみにそれを手伝うとして、俺は何をやらされる予定なんだ?」
「あれ。手伝ってくれるって確定したんじゃないですか?」
「場の雰囲気で判断するな。具体的な話を聞いてみなきゃ、可能か不可能かなんて分かんねぇだろ」

 どんどん自分の都合で話を進めていくラスターを制止。
 ややあって天を仰ぎ、顎に手を添え、分かりやすく考え込む。

「取り敢えず、某掃除屋を誘き出して襲撃、騒ぎを起こしたところを杏美にパシャリと撮ってもらう予定です。
 駆け出しとはいえ出版社勤めですし、そこで写真やらなんやら使ってくれればいいんじゃないかなぁって程度。
 果たしてうまくいくのか、ついでにこれで国がどこまでびっくりするのかは、やってみないと分からないですねー。
 ユノくんには、その際の杏美のお守りをお願いしようかと」
「簡単に言うよな…銃撃戦になったら逃げようがないんだけど」
「そこはもう、運で」
「もっと人間を尊重しろ」

 それからしばらくは取り留めもないような会話に終始し、帰るため部屋から出てきた御前に「ただでさえ暑いってのに…」とちょっかいを出されたりする。
 先程までの会話を伏せ適当にあしらうと、訝しげにすることもなく階段を降りようとし、思い出したように忠告を残した。

「姉ちゃん。どこの輩に闇討ちされかけたのか知らないが、ここも絶対に安全ってわけじゃない。
 あんまり外で油売ってっと、遠方から眉間に一発かまされるかもだぞ」
「はは…それは笑えない死に方ですね。気をつけておきます」
「おう。あと、安静にな」
「ふふ、頭の隅に置いておきます」
「あのな……」

 そうして怪我人におちょくられた元医者は、だらしない着飾りのまま炎天下の道路をふらふら歩いて帰路についた。
 それを見送った二人も、さすがに熱中症になりかねないと感じ、ようやく冷房の電源を入れたらしい部屋に戻る。

 灼熱の平面駐車場に戻った一瞬の沈黙の後、徐々に大きくなるビーチサンダルを引き摺る音と共に、網膜に焼きつくような赤い髪をした小柄な女がひょっこりと姿を現した。
 深々とキャップを被り、手に握っていた飲む形状のゼリーをちゅーっと吸う。

「楽しそうにお喋りっすか。半日前は死にかけてたってのに、ずいぶんと呑気なもんだな、ありゃ」

 空になった容器をがじがじ齧り、足元をうろちょろしていた蟻を踏み躙る。

「――あんだけ元気なら面白いことしてくれそうだね」





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