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【 5.1 厚顔無恥、互いを暴く 】



「はっはーん。随分ナメられてるみたいじゃん」

 体の割に合わないライフルを携えた女が、携帯電話を片手にはしゃぐ。
 それに返事をしてきた男の声は、どこか鼻で笑うような調子だった。

『どうだか。余裕があれば真正面から斬りかかってくるような馬鹿のすることにしては、やや考えた形跡のある内容なんじゃない?』
「でもよ、その大方がこっちに分かってるってことほど間抜けなこたぁないわな」
『確かに。ただ、馬鹿だろうが間抜けだろうが、今回ばっかりは関係ないよ。
 あいつも俺と同じことしか考えちゃいないさ。向こうから連絡よこして来たくらいだし』
「おうおう、そりゃおアツいですねー。ったく、脳が腐る」

 屋上のフェンスにもたれていた上体を一旦起こし、床に寝そべるようにして、すでに設置しておいた狙撃銃の照準眼鏡を覗き込む。
 騒ぎに飲み込まれた人々の混乱が、臨場感を増して伝わってくる。

「あたしとしては、あんたらの無為な弔い合戦とやらに、せめてもの華を添えてやりたいわけよ。
 だってほら、向こうはすでに一発かましてきてんでしょ? それに応えてやるのが礼儀ってもんじゃん」
『そこら辺はご自由に。ただ、無関係な人間は撃たないでよ。後々面倒だからさ』
「了解っス」

 通話を終了させて、プロンプトを起動。
 そこに予め対応させておいた言語を入力していく。

「便利で物騒な世の中たぁよく言ったもんだけど、そういう危険に溢れた世情はあたしの大好物…ってな」

 簡素な命令文を記入し終わる。

「性能は悪いけど、ないよかマシだろ」

 実行ボタンを押すと同時に、周囲の雑音が掻き消される。
 携帯電話を用いた、自作の消音機。
 マイクとスピーカーの粗悪さに比例して、その消音性は非常に荒い。
 それでもある程度の物音は打ち消せるらしいことを、近くに落ちていた棒切れでフェンスを叩いたりして確認すると、高倍率のサイトに偶然写った子猫を発見、気まぐれに引き金を握った。
 音圧をかなり抑えられた状態で体に伝わった反動に寸刻遅れて、遠く離れた公園に赤い染みが出来上がる。
 突然のことに悲鳴を上げる人を眺めて、声を上げて笑う。
 勘づかれないよう作動させたままだったプログラムを切り、満足気に座り直した。

「ニャンコさんにゃ悪いことしちゃったにゃー。にゃんちって」

 下から見つからぬよう、フェンスからやや飛び出した状態で鎮座していたライフルを引き寄せる。

「さ、次は何してくれんのかな、ミトリちゃんは」





「――またロクでもねぇことしやがったな、あの女」

 砂糖の一切入っていない缶コーヒーを嗜んでいた御前は、目の前で血飛沫を噴いた肉塊を目を細めて眺めた。
 腰を下ろしていたベンチの足元には、危なげな色と臭気を放つ牛乳パックが転がっている。

「あ、まひとんさん」

 今まで一度も呼ばれたことのないあだ名に振り向くと、見たことのない女を連れて逃げ回っていたらしいラスターがいた。
 安静にしろと言った記憶があるのだが、このトンチンカンには全く効かなかったらしい。

「数時間振りだな。なんだ、自分の身を削ってまでして厄介事か?」
「正義のヒーローみたいでかっこいいですね、その言い回し。
 まぁ、そんなことより頼まれ事を聞いてください。あ、ちなみに拒否権はないので悪しからず」

 へいへい、と擬似タバコを口に構えて火をつける。
 味気のない煙を吸い込み、鼻やら口やらから吐き出していると、ラスターはややサイズの小さい可憐なワンピースを揺らし、ほとんど放心状態の連れを差し出してきた。

「唯一の友達です。騒ぎが一段落するまで適当に預かっておいてください」
「……そんなんだから友達いないんだろ」
「やだなぁ。そんな正論を言って何がおもしろいんですか…というのはさておき。
 本当はユノくんに頼んでたんですけど、思いのほか人が多くて落ち合う場所の反対方向に来ちゃいまして。
 相手が相手なので、十分注意してお願いしますね」

 本当に有無言わさず、譫言のように「もうやだ、おうち帰りたい…」と繰り返す女を押し付けてくる。
 今だけは綺麗にまとめた髪から露になったラスターの表情は、いつもの口元のみから想像する笑顔そのものだった。
 他意を全て隔絶するための、ひたすらに空っぽな笑い顔。
 やっぱりそういうやつなのか――どことなく納得できない自分を咳払いで騙す。

「まぁ、いいさ。どうせ俺も巻き込まれてんだろ。若い姉ちゃんと一緒にいる分にゃ構わねぇ。頼まれてやる。
 ついでに、おっさんから例として一つアドバイス差し上げましょうか、“美利さん”よ」

 どこか気取っているような、かったるそうな、はたまた照れているような――そんな感情を鼻で笑いながら、御前はメールにあった、彼女のあるべき名を呼ぶ。
 弧を描いて閉ざされていた女の瞳がゆっくりと姿を現した。

「俺は何考えてるのか分からねぇ女が苦手でよ。
 昔そういう女にカモられたとき、心の底からそう思うようになったんだが、その原因がここいらに潜んでいるらしい。
 さっきの二度目の発砲…あんなに愛らしい子猫サマを悪戯にバラバラにして暇を潰すような、ちょうどそんなイカレた奴だった覚えがある。
 この話が今の自分と無関係だと言い切る自信がないのなら――奴の居場所を把握するためにも弾痕くらい見ていった方がいいと思うぞ」

 ほとんど使わないらしい古びた拳銃を、ベルトに提げていたなめし革のケースから取り出す。
 それを間近に見て引き攣った声を上げた杏美に「渋くてかっこいいだろ?」と同感を得ようとしているが、恐らく護身用としてもそんな凶器を持ち歩いた経験のない彼女には脅しにしか映らないだろう。
 確かなんたらメーカーとかいう呼び名があった…気がする。
 銃器にほとんど興味のないラスターは、その特徴的なすらりとしたシルエットを捕らえ、しかし男の言葉にうんざりしてもごもごと喋る。

「……可愛がっていたことを知っての仕打ちですか、それ。鬼畜です、まさきさんったら鬼畜」
「もはや誰だソレ…ともかく、あの猫を姉ちゃんが可愛がってたことまで知られてたら…って話だ。
 こんな見晴らしのいい場所にいたら、いつでも撃ってくださいってな広告にしかならないぞ」
「ふぅむ…心得ておきます。それじゃ、その人のことは頼みましたよ。私ちょっと遊んでくるので」
「肩、気休め程度にしか繋がってないから、くれぐれもな」

 引き渡した丸腰の女に目配せをし、御前の忠告に「ういうい」とだけ返事をして、公園の中央にできた血溜まりを脇目で見る。
 赤くなったふわふわの体毛と、その下に収まっていた飛び散った臓物、肉片、形を残した頭部――無残な光景を曝す原因となった銃弾の行方を詮索してから、小走りに公園を出ていった。

 互いの職業も名前も知らない、歳の離れた男女がぽつんと残される。

「さーて…由乃の野郎を探すか。姉ちゃんも面倒事に巻き込まれて災難な一日だな」

 吸い切ったタバコを捨て、革靴で踏み潰す。
 八割は本音の気遣いを投げかけ、重そうな荷物の肩紐をきつく握り締めたまま子猫の死骸を見つめる女に視線を下ろした。
 そのカバンの中身は…年頃の女性はまず持ち歩かないであろう、精密機器の数々。

「…ミトに頼まれたの」

 御前の視線を感じ取った様子で口を開く。

「ほんと、大したことじゃないと思ってたから、いつもみたいに遊びに行くつもりで待ち合わせしたのに」
「………」
「悪い夢みたい…って、こういうことなのかな。ミトが何しようとしてるのか、全然分からなくて…怖くて。
 さっきの、あなたと喋ってるときだって、なんかちょっと変だったし」
「そりゃ、あれだよ。あの姉ちゃんは“なんちゃって二重人格”なんだろ?
 俺もアレのことは全く知らない、ただの仕事仲間だからな。
 そのお友達に教えてやれることなんてこれっぽっちもないが、取り敢えずここにいると日本人らしくない死に目を見るってことだけは確かだ。
 これが一体どういうことだか本人に問い正したいんなら、さっさと逃げるぞ」

 女は納得していないようだが、そうなるのも仕方がない。
 彼女の見てきた先刻までの日常とは信じ難い、恐怖の渦巻く喧騒に置かれているのだ。
 こんな百年前の映画みたいな展開、すぐに現実だと飲み込めるはずもない。
 日頃それしか見えていない御前には、すでに想像すらできないような戦慄が、確実に今の彼女の中にはある。
 理解できないが理解できる、そんな妙な感覚に酔いかけて、小言を飲み込んだ女の前をゆっくりと歩き出した。





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